さてどうしましょう:日本と世界の歴史散策
What should we do now? Explore the history of Japan and the world.
〜 PEKのひとりごと PEK’s soliloquy 〜
さてどうしましょう:日本と世界の歴史散策
What should we do now? Explore the history of Japan and the world.
〜 PEKのひとりごと PEK’s soliloquy 〜
xiii’’’’’’’’’)番外編8 教育が危ない(Ⅰ)3+2X4 = 20 ?
国際競争力が落ち、新しい戦略が描けないままでいるのは日本企業だけではない。教育も危ういと言われている(脚注1)。初等中等学校での学力は落ちる一方。基礎学力のない大学生が目立ち、向上心なく現状に満足している若者が増えているという。
日本はどうしたのか?これからどうすれば良いのか?真の課題と将来への展望は何か?私たちができることとしてどのようなことがあるか?前稿(脚注2)に続いて考えてみる。
3+2X4は?
国立教育政策研究所による「特定の課題に関する調査」が公表されている(脚注3)。特に注目されたのが「3+2X4」という問題である。小学六年生の四一・九%が、3+2X4=20などと答え不正解だった。何と五人に二人というから空恐ろしい。
もちろん「掛け算、割り算は、足し算、引き算よりも先に計算する」という四則混合計算の原則である。基本中の基本と言って良い。中学一年生で正答率が上がるものの、それでも五人に一人は理解できていない。
漢字の読み・書きでも次のようなショッキングな結果が出ている(表1)。子孫を「こまご」、縮尺を「しゅくしょう」、潤滑を「じゅんこつ」、往復を「住復」、忠告を「注告」、奮ってを「奪って」と、冗談かと思えるような内容に啞然とする。
特に、挙手、改行、しゅりょく(主力)、けいひん(景品)の正答率が二〇%未満というのが何とも情けない。
表1 国立教育政策研究所による「漢字の読み・書き」に関する調査報告
漢字の読み 誤答例 正答率 学年
子孫 こまご 四二・八% 小四
挙手 けんしゅ 一七・二% 小四
改行 かいこう 一八・七% 小四
縮尺 しゅくしょう 五四・五% 小六
誓約 けいやく 四〇・三% 中三
潤滑 じゅんこつ 三六・二% 中三
漢字の書き 誤答例 正答率 学年
しゅりょく(主力) —— 一七・五% 小四
けいひん (景品) —— 一八・八% 小四
ようてん (要点) 用点 三二・九% 小五
おうふく (往復) 住復 五六・一% 小六
せんもん (専門) 専問 四一・〇% 中一
ちゅうこく(忠告) 注告 四三・四% 中三
ふるって(奮って) 奪って 二四・一% 中三
苅谷剛彦氏は、東大大学院教授時代に調査報告を発表している(表2、脚注4)。一九八九年と二〇〇一年とで、同じ問題を小学五年生と中学二年生に回答させて比較した。十年あまりで正答率が軒並み低下している。
表2 苅谷氏による『学力低下』の実態報告
一九八九年 二〇〇一年
小五 国語 七八・九% → 七〇・九%
小五 算数 八〇・六% → 六八・三%
中二 国語 七一・四% → 六七・〇%
中二 数学 六九・六% → 六三・九%
耳塚寛明お茶の水女子大教授は、小学一年生から六年生までの児童を対象にした調査を発表している(表3、脚注5)。算数の正答率を、一九八二年と二〇〇二年で比較したものだ。すべての学年で正答率が軒並み低下している。
表3 耳塚氏らによる「算数正答率」の比較報告
一九八二年 二〇〇二年
小一 八五・六% → 八一・〇%
小二 八一・七% → 七三・三%
小三 八四・九% → 七三・五%
小四 八四・四% → 七七・九%
小五 八四・五% → 七六・八%
小六 八五・五% → 七九・九%
どちらの調査結果も、明らかに基礎学力が低下していると主張する論拠となっている。
PISAショックと学力低下論争
世界と比較しても日本の学力低下が浮き彫りになっている。「PISAショック」と呼ばれるOECD(経済協力開発機構)による国際学習到達度調査(PISA)の二〇〇三年と二〇〇六年の結果発表である(表4、脚注6)。
PISAは学校で習った知識や技能を活用する能力を測るテストだ。数学力が一位から六位を経て十位へ。国語力が八位から十五位へ。技術立国を支えるとされる理科がトップから五位へと順位を下げた。
表4 国際学習到達度調査(PISA)による国際比較
二〇〇〇 二〇〇三 二〇〇六
科学的リテラシー 二位 → 一位 → 五位
読解力リテラシー 八位 → 十四位 → 十五位
数学的リテラシー 一位 → 六位 → 十位
この結果を踏まえて、マスコミは「ゆとり教育」(脚注7)で学力が低下した、と盛んに報道するようになった。日本人の国語、数学、理科の基礎学力が、どれも国際的に地盤沈下していることを裏付けているというのだ。
他に、国際教育到達度評価学会(IEA)が行なう国際数学・理科教育調査(TIMSS)という学力調査がある。その特徴は、学校で習う内容をどの程度習得しているかを見るというもの。アチーブメント・テストと言っても良い(脚注8)。
結果は次の通りである(表5)。PISAよりマシだが、一九九五年に二〜三位だったのが四〜六位となっている。
表5 国際数学・理科教育調査(TIMSS)による国際比較
一九九五 一九九九 二〇〇三 二〇〇七
小学四年 算数 三位 → 三位 → 四位
小学四年 理科 二位 → 三位 → 四位
中学二年 数学 三位 → 五位 → 五位 → 五位
中学二年 理科 三位 → 四位 → 六位 → 三位
TIMSS1999とTIMSS2003、TIMSS2007を比べて、中学二年の順位は下がっていない。むしろ理科はTIMSS1995と同順位に戻っている。これを根拠に、文部科学省などは「学力低下に歯止めがかかった」としている。
しかし、中味はお寒いもので、中二数学の得点は有意に低くなっていた。同一問題の平均正答率も下がり、前回より上がったのがたったの七問、下がったのが何と七二問という結果であったという(脚注8:TIMSS2003を前回、前々回と比較)。
内容を精査するともっと愕然とする。小数第二位までのひき算「4.03-1.15」で、正答率がTIMSS1995の八七・三%からTIMSS2003では七二・三%へと十五・〇ポイントも下げている。
また、「7/10を小数で表す問題」では正答率が六〇・二%で、実に五人に二人が分数を小数に直せない。「204÷5」では正答率は八三・八%で、六人に一人が割り算の筆算ができない状態だという。
PISAとTIMSSでは上位国の顔ぶれが大幅に異なっていることでも知られている(表6〜7、脚注6、8)。たとえば、いわゆる欧州北米の先進国は、PISAは上位だがTIMSSだと先進国の中で中位から下位となっている。
表6 PISA2003とTIMSS2003ランキング
表7 PISAとTIMSS上位国の顔ぶれ
PISA2003数学 TIMSS2003数学
フィンランド、カナダ、イギリス 上位国グループ 先進国中下位の
オーストラリア、ニュージーランド グループ
香港、韓国、オランダ、日本 上位国グループ 上位国グループ
PISA2003理科 TIMSS2003理科
フィンランド、イギリス 上位国グループ 先進国中中位以下の
オーストラリア、ニュージーランド グループ
日本、香港、韓国 上位国グループ 上位国グループ
ちなみにPISA、TIMSSの両方で、数学理科ともに上位に来ているのは韓国、日本、香港程度であると言われる。しかも、人口一億人を超える国では、PISA、TIMSS両方で上位なのは「日本だけ」という事実に焦点を当てることもできる。
PISAとTIMSSの性格付けの違いもあり、学力低下を主張するグループと低下はないと主張するグループの論争は一向に収まる気配がない。(つづく)
脚注
1)http://ja.wikipedia.org/wiki/学力低下
3)http://www.nier.go.jp/kaihatsu/tokutei/index.htm
4)苅谷剛彦著「調査報告『学力低下』の実態」岩波ブックレット、2002年
5)耳塚寛明、金子真理子、苅谷剛彦、志水宏古、清水睦美、諸田裕子、山田哲也著「学業達成の構造と変容(3) : 関東調査に見る階層・学校・学習指導」日本教育社会学会大会発表要旨集録、54巻、256-261頁、2002年
6)http://ja.wikipedia.org/wiki/PISA
7)http://ja.wikipedia.org/wiki/ゆとり教育
8)http://ja.wikipedia.org/wiki/国際数学・理科教育調査
(3219文字)
●
2010年5月9日日曜日