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 今回は、まず「野心と理想」についてまとめる。「自信とプライド」と言い換えてもよい。次いで健全な自己発達の概論に再度触れる。そのあと、自己の発達過程に何らかの障害を来したパーソナリティー障害について概説する。


 コフートの発達理論においては、「自己愛」は自己の発達を促す根源的なエネルギーである。人が人としての形を保つ上で欠かせない。自己の発達に必要な重要な他者、すなわち三種類の「自己-対象」から、人はさまざまな能力などを取り入れて消化吸収し成長する。


 三種類の「自己-対象」は、すでに述べている通り「鏡自己-対象」「理想化自己-対象」「双子自己-対象」のことである(図39)。


        

                   図39 自己-対象


 すでに概説したように、鏡自己-対象としての母親から「野心(向上心)の極」が形成され、理想化自己-対象としての父親または母親から「理想の極」が形成される。こどもの自己は、「中核自己」として原始的な構造を持ち始める(図40)。


 双子自己-対象としての兄弟や友達から執行機能、すなわち行動のための能力や技術を取り入れる(図40)。


        

                図40 自己-対象と中核自己


 ここで中核自己の二つの極、野心と理想について、別の角度からもう少し詳しく解説する(図41)。よく言われる。むやみに威張っている人は本当のところは自信がない。虚勢は自信のなさの裏返しである、と。


 自信の裏付けを欠いたプライドは単なる虚勢である。それに対し、自信に裏打ちされたプライドは人を倫理的に高めることもある、と。


        

                図41 自信とプライド(1)


 精神分析的自己心理学から言うと、もともと「自信」とは「理想自我」であり、健全な「プライド」は「自我理想」と呼ぶそうである。


 理想自我(=自信)は、ありのままの自分に対する「愛」である。鏡に映った自分のイメージに対する「愛」と言える。対して、自我理想(=プライド)はあるべき自分に対する「愛」のことで、あのようでありたいと仰ぎ見る理想に対する「愛」とされる。


 健康な「自己愛」の立場からの、健全な「自信」と「プライド」についての定義と考えて構わないと思う(図42)。


        

                図42 自信とプライド(2)


 そもそも人を動機付ける要因として「理想」と「野心」が挙げられる。「理想」は目指すべきもので、人を上から引っ張り上げる。対して「野心」は、内から湧き上がり、ヒトを下から上へと駆り立てる。


 適切な「理想」は、健康な「自信」を裏付けることがある。反対に「理想」を失うと、見栄や不健全な「プライド」で代用することになる(図43)。


 コフートは「自己愛」を健全なものとして肯定する。「自己愛」、ここではすなわち「理想自我=(自信、ありのままの自分に対する愛)」と「自我理想=プライド、あのようでありたいと仰ぎ見る理想に対する愛」は、人を動機付ける重要なファクターである。


        

               図43 人を動機付ける野心と理想


 次から、健全な自己愛の発達とその障害を概説する。


 コフートによると、健全な自己愛発達のためには、安定した適度な理想や規範となる「重要な他者」の存在が欠かせない。それは親であり、親が「自己-対象(=重要な他者)」となる。


 理想的な向上心、現実的な理想を獲得することが、健康な自己愛の発達に欠かせない。それらを獲得できないと、肥大自己のままとどまったり、過剰な自己愛となってしまったりする(図44)。


        

                図44 健全な自己愛の発達


 コフートによる「中核自己」発達の段階で、「鏡自己-対象」である母親が子どもを過度に無視したり叱りつけたりすることがある。それは、子どもにとって大きな外傷体験となる。


 心の構造に断片化が起こり自己の発達が止まる。肥大自己が保たれたままとなりパーソナリティー障害を持つようなリスクがある。


 コフートは考えた。「自己愛性パーソナリティー障害」は、「中核自己」の原始的構造のうち「向上心(=野心)」の極を形成する段階で、その心に大きな傷を負った人々である、と(図45)。


        

               図45 発達段階での心の外傷体験


 次の図46~48で「自己愛性パーソナリティー障害」の形成に関する、コフートの仮説を紹介する。


 母親が非共感的な場合、子どもの心は強く傷ついて著しい「心的外傷」を受ける。母親が子どもの誇大自己を受け入れたり認証したりすることができない場合である。過度に無視したり叱りつけたり、最もひどいケースでは育児放棄やネグレクトなどの状態に至る場合である。


 子どもの心はその「心的外傷」のために、野心の極が十分には形成されない。誇大自己は未発達なまま、断片化してゆく。


 すると、認めてもらいたくて自己顕示欲が過大になり、傲慢で横柄な性格が形作られる。現実適応能力や自己肯定感は低下したままで、自己防衛の気持ちと自己愛が過剰となる。他者への共感に乏しいパーソナリティーが形成される(図46)。


        

             図46 自己愛性パーソナリティー障害(1)


 母親または両親が非共感的だと、理想極の形成にも影響をもたらす。親による拒絶、虐待や過度な甘やかしにより、子どもは心的外傷を受ける。適切で適度な欲求不満を経験せず、重要な他者である自己-対象の変容的内在化が起こらない。そのため理想極が形成不全となる。


 自己を内面から支えることができるためには、安定した「自己-対象イメージ」の存在が欠かせない。それを「対象恒常性」という。対象恒常性が確立していると、自己が内面から安定的に支えられる。


 理想極が傷つけられたままだと、ストレス耐性や孤独耐性が低くなる。そして、現実的な社会生活が困難となるとともに、対人関係も非常に難しいものとなる(図47)。


       

            図47 自己愛性パーソナリティー障害(2)


 非共感的な親により、子どもが心的外傷や愛情飢餓(愛情剥奪)を経験すると、誇大自己や理想極は未発達なままとどまり断片化する。中核自己が未熟なまま大人となり、他者の存在価値を認識できず共感もできないパーソナリティーが形成される(図48)。


       

            図48 自己愛性パーソナリティー障害(3)


 では、適切で健全な「中核自己」の発達を促すためにはどうしたら良いのだろうか?コフートは述べる。「適度な欲求不満」が健康な自己の発達には重要である、と。親の反応は理想的であるとは限らない。子どもは欲求不満を感じる。


 適度な欲求不満を持ちながら暮らしてゆく時、子どもは何とかして自分をなだめようとする。次第に自分をなだめる方法を学んでゆく。自己-対象である親への評価は、現実的なものになってゆく。


 そうした中で、自己は安定したまとまりを持つようになる(図49)。


       

              図49 健全な「自己」の発達(1)


 親として子どもの「欲求不満」をどう扱うか?コフートの理論から言えるのは、子どもの言いなりになることと叱りつけて抑え込むこと、その両方とも間違っている。


 共感的に、適度に欲求を満たして適度になだめてゆくこと、すなわち「適度な欲求不満」の状態におくことが大切である、という(図50)。


       

              図50 健全な「自己」の発達(2)


 コフートが取り扱ったのは「自己愛性パーソナリティー障害」である。その一方で、「融和的自己」発達期の障害としての境界性パーソナリティー障害(脚注6、7)を解釈する立場もあるようだ。


 情緒不安定性パーソナリティー障害(脚注6)では、「重要な他者(双子自己-対象)」に接してその人の機能や技能を自己の中に取り込めない。「変容的内在化(=消化)」をすることができず、「融和的自己」の発達が障害される、という(図51)。


       

              図51 「融和的自己」発達期の障害


 図式化すると図52のようになる。不安定、単純、不調和なままの中核自己(双極自己)は形成されている。この時期の自己は双子自己-対象(重要な他者)から機能(C、Dなど)を取り込む。


 しかし、十分には「変容的内在化」ができないため、自己の構造はまだ単純、不安定で未調和な状態のままとどまる。発達が十分には進まず、融和的自己は不完全なままとなる。


       

            図52 境界性パーソナリティー障害(脚注6)


 「重要な他者」との出会いが、自己と「自己愛」の健全な発達のためにいかに重要か概説した。重要な他者である母親、父親、兄弟や親友、またそれに準ずる人々の存在は、自己を成長させるために欠かすことができない。


 次回、最終回は、パーソナリティー障害などの治療について概説するとともに、私たちの健全な「自己愛」の発達に重要なポイントをまとめる。(つづく



脚注


6)境界性パーソナリティー障害、情緒不安定性パーソナリティー障害:境界性パーソナリティー障害は、アメリカ精神医学会の定義(DSM-IV-TR)による名称である。WHO(世界保健機構)の分類(ICD-10)では、情緒不安定性パーソナリティー障害(境界型)と呼ばれる。

7)境界性パーソナリティー障害と境界例の違い:境界例と境界性パーソナリティー障害は混同されやすい。境界例とは、パーソナリティー障害における広義の疾患概念で、主にB群パーソナリティー障害(反社会性パーソナリティー障害、境界性パーソナリティー障害、自己愛性パーソナリティー障害、演技性パーソナリティー障害)の人々を指す。