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 フロイトの考えた自己発達理論では、「自己愛」は未熟で不健全だった。病的なものにすぎなかった。しかしコフートは、未熟な自己愛から健康な自己愛への成長を主張。人間は「健全で正常な自己愛」を持ち続けて生涯にわたり成長してゆくとした(図14)。


        

             図14 フロイトとコフートの精神発達過程


 コフートによれば、「自己愛」は必ずしも「病的な自己愛」だけではない。必ずしも否定され克服されるべきものではない。むしろ、「健全で正常な自己愛」があり、それを人間は一生涯にわたって持ち続けるという(図15)。


        

                 図15 コフートの自己愛


 フロイトとその後継者たちの立場やその古典的精神分析学的な理論と、コフートの発達理論はどのような点が違うのであろうか。


 古典的精神分析学(脚注2)では、自我、イド、超自我といった心的構造論や、リビドー(欲動、脚注1)、攻撃性といった欲動理論が展開されている。しかし、そういった理論を自己心理学の理論ではまず否定する。


 むしろ、患者の「自己」を尊重し、観察的アプローチをとる。クライアントと分析家の不可分性、共感が強調される。クライアントの中に潜在的に存在する「健康的な自己」に注目する(図16)。


        

              図16 自己心理学の理論、立場(1)


 また、古典的精神分析では障害や精神病理に注目し、分析家は中立の立場をキープする。それに対し、自己心理学の立場では、精神病、神経症、パーソナリティー障害を「自己」の障害と見なす。


 自己心理学では、第一にクライアントの中に「自己」を見ようとする。クライアントの主観性を重視する。クライアントとセラピストは一体で、セラピストはクライアントに共感することを第一歩とする(図17)。


        

               図17 自己心理学の理論、立場(2)


 コフートは、人間の一生を「自己愛」の成熟過程ととらえている。その成熟において必要だと考えたのが「自己-対象(self-object)」である。「自己-対象」とは重要な他者、自己の一部として感じられる他者(対象)のことである(脚注3)。


 具体的には、乳児にとっての母親、続く発達段階における父親、兄弟、親友、恋人、教師などが挙げられる。成長するにつれてどんどんと変化してゆく(図18)。


        

             図18 コフート発達理論(1)「自己-対象」


 自己の発達と成熟に必要な重要な他者、つまり「自己-対象」として、コフートは三種類あげている。図19に示すように、「鏡自己-対象」、「理想化自己-対象」、「双子自己-対象」の三つである。


 具体的には、「鏡自己-対象」として母親、「理想化自己-対象」として父親または母親、「双子自己-対象」として兄弟、親友、恋人などのことである。


        

            図19 コフート発達理論(2)「三つの自己-対象」


 自己は、重要な他者である「自己-対象」から、生きてゆく上で大切なさまざまな能力を吸収する。その取込み過程を、コフートは「変容性内在化」と呼ぶ。変容は「消化する」と言い換えても良い。


 多くの「自己-対象=重要な他者」との出会いは、人間の成長のために不可欠となる。その出会いを通した「変容性内在化」が多ければ多いほど、人はどんどん成長してゆく(図20)。


        

             図20 コフート発達理論(3)「変容性内在化」


 コフートは解説する。人間が「自己-対象」からさまざまな能力を吸収する。さまざまな能力を複製しつつ成長する。そういった過程が一生の間つづく。


 成長につながる吸収や複製を「学習」と呼んでも良い。単なる情報としての知識をひたすら吸収するのではない。対象の人格もセットとして取り込んでゆく。それが本当の「学習」といえる(脚注4、図21)。


        

             図21 コフート発達理論(4)「成長と学習」


 コフートの発達理論では、自己は三つの段階で発達してゆく。図22に示すように、「仮想的自己」、「中核自己」、「融合的自己」の三つである。


 未発達な自己は「仮想的自己」と呼ばれ、実質上の自己のことである。「中核自己」は野心と理想の二つの極を持つもので「双極自己」とも呼ばれる。もっと成長し、複雑となり安定な構造を有する「融合的自己」となってゆく。


 一生涯、「自己-対象」から必要な能力を吸収する。「変容的内在化」によって成長を続ける(図22)。


        

            図22 コフート発達理論の概論「三つの発達段階」


 以上、まず、自己心理学が立っている立場や理論が古典的精神分析学のそれとどのように違うか論じた。次いで、コフートの発達理論に重要な「自己-対象」を概説し、三つの発達段階について簡単に触れた。


 次回は、「仮想的自己」から「中核自己」を経て「融和的自己」へと発達してゆくコフートの発達理論をもう少し詳しく見てゆく。(つづく



脚注


1)リビドー、欲動:[Trieb (独)]精神分析学の用語。人間を常に行動へと向ける無意識の衝動フロイトによれば、心的なものと身体的なものとの境界概念と位置付けられ、自己保存欲動と性欲動(のちに生の欲動と死の欲動)とに二分された。三省堂の大辞林には、このように解説されている。

2)古典的精神分析学:ここでは、フロイトの打ち立てた精神分析理論、およびその後の「自我心理学」や「対象関係論」と呼ばれる理論を指す。

3)自己-対象:「自己-対象」は難しい概念である。しかし、「『自己』の成長に必要な『重要な他者』」と言い換えると幾分わかりやすい。筆者は、「自己」という言葉は「自己の成長に必要な」ということで入っていると理解するようにしている。また「対象」という言葉が入っているのは、「対象関係論」という歴史的・理論的な背景があるからという程度に思えば良い。本論全体では、「自己-対象」を適宜「重要な他者」と置き換えて表現するように努めている。

4)学習:そもそも、本当の学習は知識の吸収にとどまらない。コフートの考えは、たいへん示唆に富んでいる。知識、能力とともに、本人が触れた自己-対象、すなわち、自己の成長のために必要な「重要な他者」の人格も、本人の中に取り込んで消化してゆく。そういった「変容的内在化」こそが本当の学習である。