さてどうしましょう:日本と世界の歴史散策
What should we do now? Explore the history of Japan and the world.
〜 PEKのひとりごと PEK’s soliloquy 〜
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〜 PEKのひとりごと PEK’s soliloquy 〜
xiii)ピースメーカー(4) 残酷な平和(Ⅲ)平和を守る分業
平和の逆説について考えている。声高に言い募られている信長の残虐性の裏に何があったのか?守旧勢力はどういう力を持っていて、信長が打ち出した革命的な政策とどうぶつかったのか。そして当時の宗教戦争をどのように終結させたのか。
それら前稿まででなぞったことを踏まえ、本稿と次稿では、信長によってもたらされた「平和」について振り返る。日本人が享受している「幸い」と「誇り」について思いを馳せる。
政教分離の偉大な功績
今の(日本の)仏教徒のある人々は、次のように言ってはばからない。「キリスト教もイスラム教も、多くの戦争を行ない、殺し合いをした。今もしている。他方、仏教だけは一度も戦争を起こしたことがない」と。
しかし、彼らは歴史の真実を知らない。自分の無知をさらけ出している。その考えは、全くの誤解から来ているものである。
信長が力ずくで仏教徒から武器を奪った。そのために仏教徒同士の宗教戦争が終わり、平和が確立した。織田信長の功績により、宗教のために殺し合うことから無縁になった。その日本に住んでいるため、我々は恩恵を受けているに過ぎない。
一般的に言って、日本人は宗教に偏見を持っている。宗教をバカにし、次のように考える。愚かで、弱く、判断力のないヤツらが信じるものだ、と。多くの人々にとっては、世界的な宗教もマインドコントロールのカルト集団も、すべて一緒くたである。
世界のニュースでは、毎日のように報道されている。アラブとイスラエルが対立し殺し合っている。キリスト教徒とイスラム教徒が争っている。それを聞くと、たいていの日本人は次のように言う。「バカだなコイツら。だから宗教は怖いんだ」と。
こうした考えは、日本人独特のものである。織田信長が今から四〇〇年以上前に成し遂げた「政教分離」という功績の恩恵を受けていることを知らない(脚注8、10、15)。多くの日本人は、信長の功績によって幸福がもたらされたことを、全く感謝していない。
あたかも、自然に備わっている当たり前のことのように思っている。自分の力で勝ち取ったものであるかのように誤解している。自分を誇っている。だからこそ、近代日本では、一時期「政教分離」をやめてしまった。祭政一致の国家神道を選び取った。
国家神道は宗教ではないと、日本政府の考えである天皇崇拝を押しつけた。他人を害してまで、政府が特定の考えを強要した。宗教者を迫害した。国民も心から天皇崇拝に賛同し、反対する人々を非国民と呼んで弾圧した。亡国の憂き目にあった。つい六十年ほど前のことである(脚注15)。
宗教が悪いのではない。「政教分離」を貫かなくてはならないのだ。他の宗教者を害してまで、自分の考えを押しつける人々(集団)がいることが問題である。そういう勢力の「武装解除」が必要だ。カルトでないかぎり、宗教者は尊重されるべきである。
要するに、宗教をバカにする人々は、歴史から真実を学んでいない。歪んだ世界観を持っている。自分の愚かさに気付かない。自分の考えを押しつけて宗教者を迫害する人々と、本質的に何ら変わりがない(脚注15)。
身分制度の是非
信長より前の時代、専業の武士はほとんどいなかった。武士は、もともと武装農場主だった。領内の農民とともに、戦に出るのが当たり前だった。大軍勢どうしの衝突となると、農閑期が選ばれた。農繁期に戦をすることは、避けられた(脚注8)。
信長以前は、自分の安全は自分で守るのが当たり前の世界だった。寺社も商人も職人も農民も武器を持っていた。彼らは、すぐに武器を持って立ち上がれた。兵隊と一般人の境が曖昧だった。身分が固定されておらず、農民が鍛錬、活躍し、出世していくことも往々にしてあった。
専業の武士団を育成し、農民抜きで戦い始めたのは信長が最初である。桶狭間の戦いに代表されるように、半農半戦の足軽が大半を占める敵の大軍勢は、少数精鋭の信長軍によって打ち破られた。
身分が固定しはじめた。信長以降、治安を維持する側と、その恩恵にあずかる側の分離に道筋がついた。治安を守る専門家と、維持された平和と安全を享受する人々の分業が進んだ。徴兵制から、志願制あるいは傭兵制に変わったと言ってもよいほどである。
固定的な身分制度自体を否定的に見る人々は多い。しかし、武装している側と非武装の一般人側の境が明確であるため、非武装の人々の間におけるトラブルが、重大事件化しにくくなるというメリットが生まれた。
政教分離が実現し、寺社の武装解除が進められ、宗教戦争が日本国内から消滅するようになったことに加え、商人、職人、農民の武装解除も進められて、暴力以外による問題解決に集中するようになった。その点で、日本は、信長の時代に大きなターニングポイントを経験した。
織田信長の事業は、豊臣秀吉と徳川家康によって引き継がれ、三〇〇年にわたる平和を日本にもたらした。
そればかりでなく、明治維新という近代市民革命、明治維新後の発展、第二次世界大戦の惨禍をくぐり抜けた後の復興などの過程にあっても、国が一体となって大きな分裂をすることなくやって来られた基となっている。(つづく)
脚注
8)井沢元彦「日本史集中講義」祥伝社黄金文庫、2007年、祥伝社。
10)塩野七生「男の肖像」春秋文庫、1992年、文藝春秋。
15)政教分離:別項目を立てあらためて取り上げる予定。
(2202文字)
2009年7月14日火曜日