さてどうしましょう:日本と世界の歴史散策
What should we do now? Explore the history of Japan and the world.
〜 PEKのひとりごと PEK’s soliloquy 〜
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ⅸ)絶対視されるワ ワのルーツと危険(Ⅲ)負の側面
当事者同士の合意の絶対化
それでは、日本史を貫く共通原理である「ワ」「協調性」「話し合い絶対主義」の弱点はないのか?もちろん、物事にはカゲの部分がある。たとえば、「合意の上なら何をしても良い」という、行き過ぎた考え方の土壌となる。
その例として、少女売春、援助交際の当事者にどう話をするかという場合を考えよう。説得しようとしても、当の少女は「相手も楽しいし自分も楽しいし、世の中の誰にも迷惑をかけていない。なぜこれがいけないのか」と反論する。
「彼女たちの主張は要するに当事者同士の合意が絶対で外から拘束するいかなる法や道徳も認めないということだ」と山本七平氏は述べている(脚注7)。
私たちはよく、「人さまに迷惑だけはかけないようにと、子どもを育ててきました」という親の言葉、教育方針を耳にすることがある。子どもも「親から、人さまに迷惑だけはかけないようにと、口酸っぱく言われました」と語る。
当人たちは、控えめな気持ちを込めていたり、あるいは、胸を張って「これだけは最低限守って(守らせて)きた」という自負心を込めていたりするのかもしれない。
「人さまに迷惑だけはかけないように」というのは、日本人が共有している「ワ」「協調性」「話し合い絶対主義」という原理・原則の言い換えである。日本人が共有する倫理観、道徳観、信仰のようなものである。
「話し合い」「合意」「協調性」が「絶対的」であるという前提のもとでは、他の全てが相対的となる。それ以外に、どんな時にも、いつの時代でも共通する真理など、他にはない。
煎じ詰めると、この前提のもとでは、不倫も、同棲生活も、裏切りも、イジメも、人殺しも、盗みや万引きも、ゴミを散らかすのも構わないことになる。
「誰にも迷惑をかけていない」「(自分が合意したいと考えている人たち<仲間>の間で)合意が得られさえするなら、何をやってもいいではないか」ということになる。
「パートナーも、自分が他の異性と性的関係を持っていることは承知している」「バレなきゃいい」「自分の将来の結婚相手だって、相性を試すために肉体関係を結婚前に持っているだろう」「合意の上だ」と。
「イジメのどこがいけないのか」「イジメられる方にも問題がある」「みんなやっている」「人殺しがなぜいけないのか」「政府だって死刑で人殺しをしているではないか」「理由があるならやっても良い」と。
「店も一定数の商品が万引きされることを前提に商品を仕入れている」「万引き自体は悪いことでもなんでもない」「弁償すれば迷惑かけたことにならないよね」「自分が刑務所に行ったり罰金を払ったりすればいいんでしょ」と。
「ゴミを拾う人の仕事を奪わない方がいい」「ゴミを散らかすのは、拾う人の雇用確保のためだ」などなど。
この世界が行き過ぎると、倫理観、道徳観は崩壊すると言ってよいだろう。あるいは、既に崩壊しているのかもしれない。日本の倫理・道徳の基盤は非常に脆弱である。絶対的な真理はない。
曖昧な責任、遅い意思決定
あと、日本のどの組織でも、「みんなで話し合って決めている」ので、「責任の所在」が明確でない。薬害エイズの問題でも、非加熱製剤が原因であることを知った厚生省の役人がいても、患者の立場に立った解決を選択しなかった。全体として決断を見送り放置した。
当時、非加熱製剤の禁止という措置を迅速にとることをしなかった。そうすべきだったのに、なすべきことを行なわなかった。「みんなで話し合って決めた」という「免罪符」を得ている。そう考えるからである。
最近流行しはじめ、物議をかもしている新型インフルエンザの防疫体制の問題でも、話し合い絶対主義の弊害が、少しばかり垣間見える。みんなで話し合って決めているので、対応がどうしても遅くなる。後手、後手にまわる。
日本人は合意を重んじ、話し合いを持つことが最善と考えているため、緊急非常の時に迅速な対応ができない。毒性が季節性インフルエンザ並みと分かった後も、「今までのインフルエンザと違います」と声高に反対する人がいる。
そのため、毒性の強いトリインフルエンザ用として策定した防疫体制を、なかなか思い切って緩和することができない。「鶏を割くのにいずくんぞ牛刀を用いんや」のことわざ通りとなり、大騒ぎが続く。(つづく)
脚注
7)山本七平「『あたりまえ』の研究」ダイヤモンド社。
(1794文字)
2009年6月2日火曜日